忍者ブログ

猶行殘月

自然、旅行、言語など。Vojaĝo, ekskurso, naturo, insekto, ligvo kaj aliaj.

自稱・難しい言語

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

自稱・難しい言語

日本語の流暢な外國人に出會つた日本人のよくある反應。
「お上手ですね。日本語は難しいでせう。」
そして相手の返事が「難しい」であれば、滿足したやうに「さうでせう、さうでせう」と頷いてゐる。

最近同じやうな話を別の言語についても聞いて、「難しい言語を自稱する」といふ現象について氣になつた。
參考:「世界一難しい言語はフィンランド語…じゃなかった。」http://www.finnichiwa.net/?p=292

何處かで聞いた話だが、人は異言語圏の出身者に對して「自分の言語が簡單に出來て堪るか」といふ潛在的な感情を懷くことがある。
日本語で會話できることを快く思ふ反面、どうせ君は私より日本語が解らないのだらう、母言語話者には敵ふまい、といふ愚にも付かない優越感に浸るのであらうか。

日本語は話すだけならそれほど難しい言語ではないらしい。
「日本語は難しいでせう。」
この同意を強要する表現は、日本語學習者を馬鹿にしてゐる。
馬鹿にしてゐるのだから、「お上手ですね」と言はれた方も全然嬉しくない。
今では日本語の解る外國人もそれほど珍しくはない。
その邊の日本人より日本語の達者な學習者がゐても何ら不思議はない。
世界中のどの言語も人間が話してゐるのだから、人間に習得できない筈はない。
無論猫も杓子も學習に成功する訣ではないし、自然な日本語を話す外國人には滅多にお目に掛かれないのも事實だが、頭から馬鹿にした言葉だけは、誰も言はれたくはない。

そもそも、難しくない言語など存在しない。
言語習得の難易度は、文法規則の單純性、母言語との類似性、學習環境の充實ぶり、言語文化の特殊性、そのどれか一つだけの物差しで計測することは不可能である。

「英語は難しいでせう」と英語圏の人に言はれて、「ええ、まあ」と笑ひながら應へるのか。
その場を取り繕つて曖昧な返事をしても、内心で屈辱を感じるのは當然である。
本當に難しいと思ひながらも、さう言はれることが辛いのだ。

「日本語は難しいでせう」と言ってゐる間は、日本人の大好きな「國際」の二字も泣いてゐるに違ひない。
PR

コメント

Profilo

Nomo:
libelido
Sekso:
非公開
Sinprezento:
旅好きの若造、京都在住。昆蟲、言語、古書などに興味がある。
Vojaĝemulo el Kioto, Japanio. Ŝatata temo: insektoj, lingvoj, brokantaj libroj ktp.

El novaj artikoloj

Reklamoj